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思い出。

残暑という頃になって、早期の稲刈りも大詰めとなってきたこの頃。
「暑いね~」なんて常套句は「きついねぇ~」になってきたなぁ…と、台風の影響も孕んでか、若干秋めいた空を見上げて思います。

この頃、なんだか体調が変で。
血圧が下がったり、胃痛がズシンと始まったりなんて、いつものパターンともなんだか違っていて。
ともかく「具合が悪い…」感じ。

基本的に機能のあらゆる数値が低い私の、白血球だけは倍近くある数値が、ぼんやり気になりつつ…それにしても今年もよく日焼けしたもんだって、気をそらしつつ。
思えば今月、まともな休日なんてなかったわwそのせいだね(笑)と、いうことにする。

八の月。
想いもよらなかった、きっと当たり前のように「またね」が叶うと、考えもしなかったくらい、当然に存在するものとしていた友人の死別にあい、これこそ当然のように歳を重ねて生きてる私たちは、この先、こんな死別が減ることなどないんだって、漠然と、考えるともなく思い、彼女が愛用してたビアグラスを一つだけもらって、一日の終わりに、その時飲みたいものを飲む。
初めの頃はアルコールばかりだった。
梅酒が大好きな私に「頂きものですが、いい梅酒があるんです♪」って、金箔のヒラヒラ・キラキラ泳ぐ梅酒をごちそうしてくれたなぁ…とか。
基本的に炭酸飲料があまり好みじゃない私に、ビール党の彼女は付き合うでもなく押し付けるでもなく、なんとなくの私のその時の心境をよんで適えようとしてくれたなぁ…とか。

「飲み屋系のお仕事はキライっていうんじゃなく、節度のないお仕事を当たり前と思ってることがキライ」
それをズシンとそのまま言い放ったのはね、顔にも言葉にも粗が出てしまう私が誤解させたくなかったからだってこと、細かに言わなくても理解してくれたこと、ありがとうね。

正直、訃報を受けて空っぽになった後、悔しかった。
本当に痛いも辛いも自分の中にばかり閉じこめて、色んな気持ち凝縮したみたいに「ダヤンさん!」って呼んでくれるあの声がね、特に最後のあの時の声がね、なんでこんなに焼き付いてるのかなって、ぁあ、こういうことだったのかよ!!って、気づいたら、その時引っかかりつつも気づけなかった自分に、悔しいよ。
きっと、「そんなことないです!」っていうでしょう?
でも、そういいながら解ってるんだよね?
この後から気づいた悔しさを、私が自分に刻み込むだろうこと、私のそういうとこ、シンプルに理解してくれてたの、それだけは絶対そうだって、自信あるよ。

だから、この夏、一度しかチャンスのなかった花火をね、忘れ形見たちとうちの三兄弟と一緒に観ようって思ったんだ。
ほら、なんだかんだって約束とかしてなくても、不思議と花火大会の夜は出会って、不思議と毎年一緒に観てたじゃない?
花火で泣いたのは初めてだったよ。
勝手にこぼれる涙と、大きな花火。
ぼんやり、ぁあ、もうね、ホントだ、花火みたいだって、笑ったんだ。

「あんまり知られたくないけど…」
出会ったころ、貴女がよく話しかけてくるようになって、会話が成立しだして、ポツリ語りだした貴女だった。
「ダヤンさんは、誰に対しても真っ直ぐで、そういうとこ、私はいいなって思います!」
そんな風に自分で見解たてたことなかったけど、あの凹みまくってたタイミングで突然そう言いだした貴女に、貴女自身の深さを知らされた気がしたよ。


でも、結局。
私も私の見解でしか、映ることを捉えられない。
自分の思いの中でしか、想像さえできない。
「今にしてみれば…」そんな追記しかできない。
貴女が私に見せてくれた貴女が、私の知ってる貴女だから。
私は私の知ってる貴女しか知らないから、それでいい。


花火に行く前に、貴女にお線香あげて、お母さんと一緒に、多分、同じような悔しさで、声をあげて泣いたんだ。
葬儀の後、お母さんが「ダヤンさん!」って呼んでくれた時、貴女に呼ばれたみたいで、嬉しくて、哀しかった。
車に乗る間際にお母さんにそう言ったら、「覚えてないわぁ」って。
だから勝手にね、じゃぁお母さんの体使ってくれたのかもねっていうことにした(笑)

現実は容赦なくて、貴女がいて当たり前だった場所が時間とともに消えていく。
それもまた、必要な儀式のようなものだと思う。
あの店でいつも貴女が愛用してたビアグラス一つとシャンパングラス、お役目で行くたびに「どうぞ」って目配せとともに息抜きに通らせてくれた調理室への暖簾、きっとお客さんか仲間にもらったんだろうサボテン。
貴女の居場所だったところは、消えたけど増えた。

いい加減、私も吸収しよう。
きっと、貴女ならそう望むはず。

ありがとうしか、もう、ないから。
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心のままに。

めっきり、雰囲気が変わってきましたね。

10年前のビデオをDVDに編集しなおしたんだって、友達と観てきたの。
ぁあ、私もめっきり歳をとってるのねぇ~って(笑)

今月頭の出来事以来…出来事って表現もなんか違うとは思うけど。
ともかく、あれ以来、つい、独り時間に泣くようになってしまって。
運よく忙しく過ごしてるけれど、それでもやたらと記憶を辿ってしまって。

「またね」
なんて、どうしようもなくあてにならない、ぼんやりした口答だって、そんな言葉の上に胡坐をかいて、その「また」が確実にあるものだと疑わなかった自分のぬるさに、悔しさがこみあげて。

その次に浮かんでくる「ずっと」って言葉が。
なぜ浮かんでくるのかさえ判らないのだけど。
それでも、「またね」よりは抽象的で、具現化できなくても浸透してくれる柔らかな言の葉のように思えて。
結局、最終でアナタの名を繰り返してる心が、私自身なのだろうって。
現実、「ずっといい」なんてことは叶わなかったくせに、それでも勝手に「ずっといい」を行使してる。
それで、そんな時期。

なんだか心深まったようなアナタをよく見かける。

「涙も枯れた」
って、悲しげに笑う友人の隣で、静かに笑いながら枯れない自分の涙を不思議に思う。


あのコのくれた抱擁が、とても大事なものだったって、あのコの強い部分そのものだったって、私はそう、思っているよ。
夏の夜空に咲く大輪の花火のような。

とめどないことを、とめどなく繰り返す思考に、いつかアナタがいってくれた「心のままに、思うままに」が返ってきたから、ここにこうして…。
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渦巻く。

残暑 お見舞い 申し上げます

な、時節となりました。
相変わらず、思うように事を成せない突発的出来事に押し流されるかのような日々を過ごしていて。

これをコンパクトに形容する術を持ち合わせない、ボキャブラリー乏しいダヤンなのです。


想定外なことで、この夏もガン泣きしました。


いろんなことがありすぎて、自分の気持ちを整理しきれず…と、なってしまってたかもしれないのに、今回はタイムリーに「吐き出せ!」と、「耐えるな」と、仲間や友人に包まれて。

仕事で駆け回った時も、仲間のフォローに救われて。


一緒に痛んだり、悔やんだり、達成感に満足を覚えたり。
それに集中できるようにって、安心感をもらったり。

つくづく、独りじゃないねって、身に染みました。



昨日、子供の歯科で。
その歯医者さんは、同年代の院長さんなのですが、置いてあるコミックがw
私も好きなのばっかりで。
ナルトの60巻読みながら待ってました(笑)

ワンピースのルフィーもそうだけど。

人を想うこと、そのことを行動で示すこと。
自分が、惜しまずに行動できること。
だからこそ、仲間が仲間としていてくれること。

それでまた、自分が頑張っていけること。


上手く言えませんが。
生きてく核になるもののように思います。





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