Posted by ダヤン

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雨ニモマケズ。

冷たい雨の朝、いつもの通勤路、トンネル抜けた先の倉庫の屋根下に集まる猫たち、今日は犬も一匹。
のら生活の中で港前のこの倉庫へ集うのは、使い物にならない魚を与えてくれる人がいるから。
それで、この仔たちはケンカなんてしない。

なんとなく通りすがりに数を数えて、今日もみんな揃ってる…とか思ってホッとする。

自分的ジンクス。
気づけば、海辺うみべを通るようになってしまった。
カーブさしかかり、まさかこんな朝もあるなんてね…。

ドキッとして、すぐ。
ぁ、雨だからかも…変な納得(笑)


「ダヤンさんでなきゃいかん!」二週間前、顧客さんが自分の担当をもう変えないでくれとご所望にこられた。
妙な心地で。
実際の私はこの2カ月ほど、部長と意見対立、要はケンカばっかで。
それで、なんか、正義の味方的な思い上がりが自分にあるんじゃないかって、いやいや、そんな思い上がりに酔いかけてないかって、考えたりもして。
っていうか、仕事は仕事。
ただ、そこに私らしさを加えたっていいじゃない…とか、私じゃできないこともそりゃあるけど、私だからこそ出来ちゃうことも、ほんのちょっぴりあったりするんだろ?とか…。

けれど、そんな顧客さんの怒声は少なからず、私を勇気づけてくれました。

そんな今日、就任から一年、尽くケンカしてきた部長の移動発表w

二月ももう閉じる。
それで、もうすぐ私も歳を重ねる。

私だって、嫉妬めいた感情を知らない訳じゃないよ。
妬ましくなっちゃうような時も、全くないわけない。
虚しくって抜殻みたいになりかけそうな時もある。
悔しくって、叫びたくなるときだって。

だけど、だから、いいんじゃない?って、思う。
ザワザワする気持ちを知ってるから、それでちょっとだけ、自分を量れるようになってきてるから、だから、理解しようと意識することさえ忘れなければ、プツリと切り捨てることもないんじゃない?

一人じゃないから、好き勝手なんて、そんな簡単にできないよ。
でもそれ、別に我慢とかじゃないよ。
それだって、一つひとつ、私自身のものだから。
いらないなら、要らないっていう。

ただ、そのくせ、欲しいを「欲しい」とは、言えない。

「結局ダヤンは自分で貧乏くじばっか引くw」
そうかもね。
だって、私で傷つけたり壊したりとか、嫌だから。

いいよ。
そういう者に私は成りたいって、思っちゃったんだもん。

ただ、それでもなんか疲れちゃって、カサカサな時はそりゃ、あるよね…。
この一ヶ月、特にしんどかったみたい。
ちょっとだけ、自分を誉めてあげたい気分な雨。

雨ニモマケズというよりは、雨を味方に……。
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早咲き。

昨日までの悪天候も少し和らいだ今日、去年は使わず終いだった特別休暇を消費して、もうすっかり妹のような存在になったあの子のお店のオープン準備を手伝いに行って、午後からは小学校へ、次男の二分の一成人式へ。

子どもたちがそれぞれに想う感謝状をしたため、出席してくれた家族へ読み渡す施行で。
次男坊が照れくさそうに、それでも胸を張って目の前に来た時、この時の準備そのものを頑張ってきたこと、想いをこめる作業を自分なりに満足して成した事を感じながら、読み上げて行く彼の表情、声音…涙ぐんで後、感極まってもう、読めなくなって、我が子の心を美しいと感じることも親バカですかね?

『僕はお母さんの料理が大好きです。だから、僕もお母さんのように美味しい料理を作りたいです。』
『人の役にたてるような人になりたいです。』
『お母さん、10年間僕を支えてくれてありがとうございます。』

読めなくなった彼に「次男君、お母さんに渡してあげていいよ」と先生。
受け取って、彼が席に戻った時「これね、次男君一人で最初から最後まで一字一句全て、書き上げたとよ~」と囁く先生も、ゴシゴシ涙を拭く彼の隣に座る仲良しの子も、一緒にもらい泣き。


発言の不器用な子だけれど、こんなに心をこめることに長けてる。
人を想うことに長けてる。
育ってくれることに、本当はこっちがありがとうなんだよね。

そんな帰り道、早咲きの桃の花と出会いました。
それでいつかアナタと話した「人生に無駄なことなんて何一つない」といったやり取りを思い出して、やっぱり大丈夫なんだよって、こうして歩いてるって、またちょっと一人泣き。



自分でさえ予想もしなかったことが起こったりもしてるけど、どうしようって迷ったり、どうして?なんで?って、解けないモノを振り返ってまで整理しようと繰り返す性質も相変わらずだけど、きっとホント、まだまだ困難もあるはずだけど、大丈夫って、思える。
それで、そう思えたら、どうしようもなくアナタに逢いたいって想いが湧いてくる…。

なんか、ちょっと変わりました。
へし折れそうで、哀しかったり辛かったりで、そんなんばっかで泣きつくみたいにアナタを拠り所にしてたような節が強くて、そんなんが自分でちょっと嫌だった。
アナタがどんなにか私を守ってくれたかとか、アナタの存在がどんなにか私を温めてくれるかとかをよく知っていて、それで、しんどい時ばっかアナタにいて欲しいよ…なんて、嫌でした。
実際には傍にいて欲しいがための理由のようでもあり、要はアナタに甘えるだけの私のようで。

けれど、時間がたって、あの時ああして、アナタと紡いだものはどんな時に振り返ってもキラキラしてて、本当にアナタとでなければ紡げなかったものばかりで、それは痛みさえもそうで。



私自身が、甘えるとかじゃなくて、アナタにもらってきた一つひとつをちゃんと大事に自分に浸透させたら、きっと大丈夫ってアナタのカケラの一つも無駄にはしないって言えるはずって、自分自身のアナタへの想いを信じたかったから。
今、こんな風な気持ちで、笑顔でアナタに逢いたいって思えることが嬉しい。




もうすぐ、桜の頃になる。
また一つ、数える指を増やせる。
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確執。

久し振りの晴天。
寒さも緩まって。
疲れてる場合じゃないけど、眠ってたいな……くらいには、思う。

先週、じぃちゃんが他界。

いろんな歯車が、事実上予想通りに狂いだして。
母にも、裾の叔母にも、愛想がつき始め。

もう、なんか、いいかな…
裾の叔母と母の間の確執なんて、昨日今日のもつれじゃないし、正直、誰のせいでもない。
似通って攻め合うそれぞれのせい。

「ダヤンはどっちの味方なん?!」
裾叔母の名言。
一気に、私の心を突き放した名言。
「私は、私。誰の味方とか、知らんよ。」



「あんたは強いけんいいよ…」
「私はずっとずっと我慢してきたん」
「私だってここにおってよかろうもん!」

ぁあ、名言だらけ。
じっと黙ってやり過ごしてる姪の気持ち、解かんないんだろうな…叔母だけど、なんか、思春期の子どもみたいだな…もう、そんなふうにしか思えなくて。


坦々と、上の叔母に話す私の言葉は、本当には裾の叔母に向けてる。
45歳独身の裾の叔母は、年齢こそ私と姉妹でも通るけれど、そんなに都合よく比較対象を変えられても困るし、一貫性のない感情を私個人に向けられても困る。
母にも同じ。
生まれてから閉じるまで、どんなに優れた人でも、全てのことを自分一人で成し遂げる人なんて存在しない。
なんの哀しみも苦しみも感じない人生なんて、有り得ないし、あるからこそ人は育つはず。
それを解かっていてもなお、繰り返す哀しみとかは、もがいてこそいいのかもしれないし、それだから、人は人を求めるし、思いやれるようになれるんだと思う。
そんな私だって、自分が納得できるほどに強くはないし、親だけで育ってきたとか思ってない。
沢山の思いやりは、沢山のその都度の人たちにもらったものだから、あまりに多すぎて、全ての感謝をそれぞれにお返しすることは不可能だから、だから、せめて、受けた想いに背かない生き方をしなきゃいけないって、私にはその基盤しかないよ、だから、誰の味方でもない。


子どものように泣きじゃくりながら、一切の負の感情を姪の私に投げつける…そんな叔母を、叔母と思えばこそ、褪めた気持ちに染まってく。
褪めれば褪めただけ、私の感情はそれに対して消滅してく。

確かに、薄情なのかもしれないね。

「責め寄られても、私はどっちの味方もしない。どっちが正しいとか間違いとか、そんなもんはその都度に違うはずやから、私は決めない。二人の間は二人で努力して。」





じぃちゃん、しんどかったろうな…。
脳梗塞から30年、頑張ってくれたな…。
最後の日まで、こんなんで、なんか、ごめんね。
けど、じぃちゃんにも責任あるからねw
ちゃんといい風を吹かせてね。




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