Posted by ダヤン

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後悔。

先日、仏教会主催の会場で手塚治虫のブッタ2を、三年前の同主催ブッタに続いて子どもたちと観に行って。
会場に入って、立ち並ぶあのお寺、そのお寺…ご住職さま方へご挨拶交わしながら、三男が「お母さん、和尚さんのお友達いっぱいね~」ってw
お友達とか、おこがましいww
履歴上、経歴上、お世話になってきただけですよwww

もうすぐ、祖父の49日法要のために先延ばしにしていた父の一周忌がくる。
まだ、本当は誰にも自分の口からなんて、父の死因を語りたくなんてない。
人工呼吸器に繋がれた、意識のない父の姿の前で、あの日、上の叔母が強く言った。
「子どもらにどんな傷を負わせたか、苦しみながら考えなさい!!」


30年前、父が師と仰いで兄弟のように日々を過ごしたおじさんが、手形の不渡りを掴まされた果てに消えた。
夜の道を走る車の中で、幼い私は父のお弟子さんの膝の上、腕の中、その暗闇がおじさんを連れ去ったんだと、きっと帰ってこれるはずだと、頭上から零れる涙の人に言い続けた。
残酷な子どもだった。


おじさんの遺影の前で、私を膝に乗せ、「おやじぃ~、おやじぃ~、なんでない!!」叫んでは歯ぎしりならす父の悔しさを、全身で感じてた。

「自殺っていうのはね、一番罪深いことなんだよ。」

本当は、教えてくれるひとに問いたい。
「誰も巻き込まずに護りたかった人の選択でも、赦されることはないの?」


祖父が他界した時。
こんなにも違うんだと、痛感してしまった。

だから、問いたいくせに、本当はもう、感覚で解かってるんだ。
全うするものと、中断するものの大きな違いを。
だから、報われる術を、自分にできる術を、張り詰めて独りで模索してる。
だから、こんなに頑なになりはじめてる。
だから、こんなんじゃダメなんだ。

そう思ったらね、やっと、父さんのいない今を素直に、哀しいと思うんだ。

余計なことが多すぎて、欲張るといろんなことは見えにくくなるから。
叶いすぎると、人はそれを当然のように錯覚して、知らず知らず、欲張りになるから。
だから、欲なんてないほうがいい、欲なんて、持たない方が穏やかでいられるって、思いすぎて。
希望さえ、欲扱いし始めていたかもしれないよ。

それは、違うよね。
希望はダメだ。
希望だけは、どんな状況下でも捨てちゃいけないものなんだから。
そう願って、息子たちに「希」の文字を刻んだのにね。

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めくるめく。

立ち止まることさえ忘れたかのように、変だな、もう今月皐月の時も残り一週間。
調子が良いとか悪いとか、そういうんじゃなくて。
上手くいかないのも、なんか不自然なまでにすんなりと納得できる気もする。
空回り…そんな感じかな?

体がきついとか、心がきついとか、そういうんでもなくて。
人かきつい?
ううん。
そんなんじゃないよ。

不安?漠然とした?
ううん。
それも、無いわけないんだけど。
なんか、そういうんじゃなくて。

あんまりにもね、自分のためってのがね、足りない感じ。
そんなんで、そんな感じで、それでさ、自分のことが上手く進むとか、あるわけないでしょう?


多分、そんなとこ。


ちょっと、解かりかけて、次の瞬間フッと抜けてく、瞬間に捉えそうになって、瞬間にハッとしたのに、あれ、なんだったの?
よもや、思い出すことさえ困難w

なんか、そんな感覚。

思春期の子どもみたいねww
こんなもんかな?
けど、なんか、ね。
ちょっと、今的には違う気もしてるんだ。
もう少しくらいは、自分のためっていえるものがあっても悪くなんかないんじゃないの?って。


逆に、今の自分だから、自分を信じた上での自分のためって、あったほうがいいんじゃないのかな?
じゃなきゃ、きっと、この流れからは抜け出せない。
脱け出す必要を感じないなら、別だけど。





海に、沈むように潜りたい。
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瞬き。

なんとなく、きっとあの頃のアナタの「今は忙しいよ」の忙しいって、こんな感じなのかな…って、それにしても、隙間さえみつかんないような時間の中で増してく逢いたい気持ち。

しんどいなぁ…さすがに加齢って身にしみるもんなんだな…なんて思いながら、アナタの笑顔にあいたいって膨らむ気持ち。

なんだかヘトヘト気分で、最後の要件のためにいつもの帰路を逆走したら、瞬間のこと。
私の知ってるアナタの表情。


瞬間にホッとするような、柔らかになる心地。


すれ違いの瞬間のほんの瞬きの中のこと。
言ってしまえばそれだけの。


思えば、いつでも逢いたくて、それでそうそう逢えなくて、次に逢えたら伝えたいことってあるのに、いつでもそんなふうなのに、実際にアナタにあえたら、私はもうそれだけで柔らかに安心感に包まれて、日常に日々重なる感情を波立たせるような事々さえも消化してしまえる。




つくづく思う。
すごく稀な出会いをしたんだなって。
瞬きを綴って織り成してけるものもあるんだなって。
私、アナタに出会えて、幸せだ。
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個々、各々。

「分かんないことだらけで、子育てって大変なもんやね~ww」

今年、初めての新米ママになって二ヶ月の、友人の妹。
とっても真面目にマザースクールも欠かさず出席で、新生児のお世話完全マニュアルみたいな資料ブックが作られてる。
「ダヤンちゃんは男の子三人もどうやって育てた??」

私なんてのは子どもに育ててもらってるような、なんというか、立派なもんじゃなくて。
三人とも夜泣きで困ったりしたこともなくて、新生児のうちなんてホントに、コレが大変だった!って思うものが振り返ってみて…無い。
それよりも、一歳前後からのほうが沢山悩んだり心配したり…繰り返したなぁ…。

「私じゃ参考にならんわねww」


マザースクールのマニュアルなんかも、ホントは私自身が大嫌いで。
マニュアルで命が育つなんて、なんとなく薄ら寒くてw
万人が同じ環境じゃないからなおさら。
なんか、納得できなくて。

一歳近づいて、次男ったらマトモに喋れない…
二歳になっても、次男ったら単語しか言わない…
それに平行して、三男ったらアトピー性皮膚炎だって…ジュクジュクで髪までギトギトなんだ…
そんな二人に構ってばっかで、長男ったら諦めて寂しそうに自分でなんでも頑張って…我慢しすぎてる…

あの頃が一番、きつかった。
それぞれに必要だろうってことが判ってるのに、要は私が足りないからだって、検討はついてるのに、その足りないを埋めれなくて。

ついに、保健師さんが自宅まで来ちゃったもんねw
「独りで頑張り過ぎちゃダメ」って、半日も時間費やして、私が楽になるようにって手を差し伸べてくれたもんねw

それでも、マニュアルなんかは嫌いで。
もっと上手く応えていけるはずって、そのことばっかに必死だったから、今になって、大変だった~って気持ちが無い。
むしろ、その時々に、私じゃなくて、私の代わりとかじゃなくて、私だからできないことを探して支えてくれた人たちがいてくれたこと、長男を、二男を、三男を、叱ったり褒めたり、抱いてくれたり、単純に声をかけてくれたりした人たちがいてくれたことが、本当には一番大きな支えだなって、そんなことくらいしか、私には言えませんねww

今度の夏15歳になる長男、自他共に認める優柔不断だけれど、どこに行っても、どんな人に関わっても「お行儀のいい優しいお兄ちゃん」って可愛がってもらって、そろそろ進路も真面目に定めていかなきゃいけないって春に「普通高いって、専門学校行って、地元で公務員になる」って、一番チンプンカンプンで苦手な教科を自分で「基礎からやり直して追いつく!」と、胸張って言えるようになりました。

ついに小学5年生になった二男、「なんでも自分から率先してやってくれる、心の綺麗で素直な子ね~」と、誰もに頼られはじめ、それで俄然頑張れるようになって、出来ないことだらけ!ってお墨付きをもらってたのが嘘みたいに、逞しく育ちはじめてます。

いつでも自分が正しくないと納得できない三男、性格は厄介だけど、持ち前のカッコつけが功を奏して「ひょうきんで賢い子」と言ってもらえます。
近頃は女性に対して妙にモジモジとオマセな一面が大きくでてきてますがww
反面、肌トラブルはほとんど平均値。

三人がそれぞれに、性格も得意分野も違うけど、だからこそ、兄弟の間でしか見えない面が整い始めたことに、四人で考えて四人で悩んで、本当にはそれぞれがそれぞれを想って、それぞれの尺度で出した変化という選択だったけど、これは悪いことなんかじゃなかったって、今だけじゃなくて、この先々でも振り返って見つめ直していった方がいいことのように思います。

マニュアルは平均的な家庭の平均的な環境での鉄則で、万人に通用するものじゃないし、それに適えるのが正しい選択とは言い切れないって、どうしてもそこに行きつくから。
親子で、家族で、その都度に図ってアレンジしていいはず。

要するに、私に育児論なんてのは語れないwww
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