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季節風。

日めくりのカレンダー、2015年の2月はもう、一枚限り。
この一枚がめくられたら、月めくりのカレンダーには春が薫り出す。

こんな単純作業をもうどれだけ繰り返して今日があるんだろう?

「忙しい」なんて言葉を使うのはなんだか好きじゃなくて。
極力、使いたくない言葉で。
勿論、自分なりの優先順位でことにあたるしか、術はないから。
それで時間にゆとりがなければ、それは忙しいうちに入るんだろう。

そんな自問自答をしながら、グチャグチャになりそうな自分の思想を取捨選択して、終わったと同時に始まるんだよね…と、当たり前のことをつくづく知る。

ウンザリしたり、イライラしたり、なんだか腑に落ちなくて、問い詰めたり…泣きそうには、なってない。
それで、ふっと思う。
まだ振り回されてる。

まだ、弱いな…って、自分を。



もっとなんか、スムーズに、自分の気持ちを切り替えてあげれたらいいのにって、もうすぐ38年の付き合いなんだからって、思ってみたり。
時には思い切って、頑張らなかったりとか…。
分かんないけど…。

自問自答して、バカだって、自分で笑ってる。



人に、自分の全面をなんて、入り込んで視て欲しくなんてないです。
「ダヤンはこうやろ?」
「ダヤンはこういうの好きやもんね!」
「ダヤンなら絶対こうやろ?」
残念です。
それはあくまでも、対あなたの時の私で。
素の私じゃなかったりします。
=それは、私じゃなくあなたです。

実はそんな意地悪い私です。

性悪な私が顔を出す。
好き嫌いでやってるって思ってくれても構わない。
かまわないから、どうして私がそうするのか、なんて、そんな質問はもううんざりです。
訊かれたくないです。
仲良しなフリのために、入り込んでこないで欲しいです。
必要なことは必要な時にお伝えします。

どうか、もう、私の中に入り込まないでください。
しんどいです。

万人と等しく同じ付き合い方なんて、できないし。
する必要もないって、私は思う。

同僚だからって、同じ趣向に染まるとか、絶対必要ないって思う。
だけど、個人を否定する気はないから。
だから、同調しないからって、敵視されるのも、取り込もうと努力されるのも、余計なお世話です。
それでワガママって言われるんなら、ワガママ万歳です。

ブツブツとそんな思考をこうして吐き出していたら、宮沢賢治の「猫の事務所」を思い出しました。
外は風が強くなってます。
週末、またお天気下り坂です。
日曜はじいちゃんの一周忌と父の三回忌です。

そうしたら、すぐに長男坊の入試。
その次は長男坊の卒業式。

そうして、今年も一つ、私の年輪が増える。
歳をとるのは嫌いじゃない。
「おばさん」と、子どもたちにわざとらしく言われても、ホントは「そうなんだよねぇ~」くらいにしか思ってない。
ただ、歳をとることで生じる何かを、悪いモノとして何かのせいにするような自分ではいたくない。

ただ、それでいいって、私は思ってる。

無理矢理に、こじ開けようとなんて、されそうになると、本当は、どうしようもなく怖くて、ただ、恐怖でその行為の前に動けなくなる自分になんて、戻りたくない。

だから、心ひとつ、私が想う信頼を心頼として…それでいいじゃない♪


梅も桃も、椿も咲きました。
春一番のイヌフグリも咲いてました。
チューリップの芽も伸び始めてます。

桜の芽も、一層膨らみ始めました。
三寒四温、もうすぐホントの春がくるね。


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紡ぐ。

「Face Bookで友達申請したとけど、ずっとスルーしよろ?」
ちょこちょこ言われる言葉で、その都度、F・Bもツイッターもしてないよって、訂正。
誰と間違われているのか、ずっと気にはなりながら。
ついに見せてもらったその人は、同姓同名の、私よりお若い女子ではないですか(笑)

そんなことも、ありました。

F・B彷徨って、ほのかに人間不信になりそうだとかボヤく友人もいたり…。

なんかよく、解かんないです。
そもそも私はドンクサイから。
LINEだけで十分で。
それでも時には汲々になる人もいたりして。
基本、必要な連絡は通話でいいじゃない♪って、思います。

一昔前はメールでさえも、軽めの人間不信者を生み出してたけど。

便利になればなっただけ、簡単になればなっただけ、多分、人ってその物に使われかねない、踊らされかねない要素を持ってるのかもしれないなって。

ともかく、人違いが勘違いと解けてホッとしました(笑)
                                                          dayan summer

昨日はすごく気持ちのいい快晴で。
それでもやむなく仕事で。
お布団干したいとか、洗車したいとか、週末の山のような洗濯物片付けたいとか…諦めて。
日曜日、お天気もってくれたらいいけれど…って、空色ばっかり気にしながら洗濯物だけは遠慮なく…。
その間に、出し場がなくて詰められたまんまの本達を、ちょっと整理したくて開いた段ボール。

開く本のページから、読んでた頃の記憶が匂いのように広がって。

センチメンタルでしょうか(笑)

嬉しかったことも、感動してしまったことも、ドキドキしたこと、不安でしかたなかったこと、それでも、大丈夫って思えたこと、泣いてないて、もうこのままナミダに変わって消えてなくなるんじゃないかって、痛んだことも、溢れて来て。

その全ての私のページに、アナタが寄り添い続けてくれてることを、改めて感じました。

こないだの時間。
まるで、初めて二人すごした時間に戻ったみたいな。
そうだなって、後からこみ上げた思い出の中に頷きました。

アナタはいつも、迷ったりドジったり、予想外だったりの私を待っていてくれる。

同じタイミングで電話したり、同時にメールしたりもあったね。
どっちが先だったかなんて、争うみたいに言い合って笑って。
季節の匂いに過ぎた時を思い出せば、同じことを思い出して、同じ話題を持ち上げて。

「主導権はどっち?」
なんて(笑)

あの桜の木の下、夕空の冷たい春風に身を抱くようにして声をかけてきたアナタに、あの瞬間から、委ねたままです。

私があんまりドンクサイから、アナタの言葉に籠ったものに気付くのが遅かったりしても、それで私の「ごめんなさい」が多いのに、それでもアナタは気づいたことに肯定をくれる。

アナタはそうやって、私が思う以上に沢山の私をいろんな角度から守って支えて、甘やかすんじゃなく、ただ自由に生きやすいようにと包んでくれる。

私は私の知ってる、そんなアナタの背中を守れる私になりたいです。


愛しい人に、愛しいと、言える私でありたいです。
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つぼみ。

惑って、もやついて、それでなんか、心よりも脳内がショートしそうな中で、霞か靄かなんて焦点ずらして。
半分以上、きっとアナタだったらこう言ってくれるんだろうな…って思った方を信じて。
ただ一つずつ、丁寧に、私なりの。

それで昨日、絶対的に一人じゃどうしようもないことに、けれど自分でやんなきゃ価値ないことに、きちんと成功して。

惑った分、もう一つの課題は残ってるのに、優先順位の中でも難関かも…って思ってたことだったから、すごくホッとして。
ヘタレ気味で望む「アナタにあいたい」よりも、大丈夫、確かなモノを失ってなんかないよって望む「アナタにあいたい」でありたい私には、最良のタイミングでした。

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明日のことも、明後日のことも、一ヶ月後も、半年後も、そんな先の100%なんて、きっと神様だって判らない。
今日あったイヤなことが、もしかしたら先のすっごくイイことに繋がってるかもしれないなんて、よくある話で。
後悔なんかしたくないなんて言ってても、本当にはその後悔があったからこそ気づくことも、知ることもあるって身をもって知ってる。

いい大人になった年齢なんだってことも、充分知ってる。

それでも、どこまでいっても100%の自分になんかまだまだ到達できないってことも、感覚で判ってる。

だから、他の誰にも感じない自分の中の暖かくなる不思議な感覚が、アナタのそばにいて溢れそうになる時、そんな感覚を教えてくれるアナタに出会えたことも、そんな人と重ねる時間にも、泣きそうになるくらい稀少な幸せなんだって思うんだ。



少しずつ、春色に変わってる時間の流れも、海の色も、空の色も。
その影響で膨らむ桜の、まだ硬い芽も。
毎日の変わる匂いも。

今日はくすぐったくて。

ね、大丈夫って、思った。
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霞か靄か。

もうすぐ、じいちゃんの命日。
小さい叔母はじいちゃんの日記には事細かに色んなことが書かれてたって、ダヤンのこともいっぱいあったよって、そう言ってはいたけれど、一度としてそのじいちゃんの手記を見せてくれたことはない。

年が明けて、大人しく過した三が日の後、大きい叔母のとこへ行って、沢山の温もりをもらって。
逆に沢山考えることも整理したいことも増えて、どうしていいか分からなくなったような感覚にも似ているのかもしれない……なんて思いながら、まずは私のやんなきゃなんないって思うことを順に果たそうってやってる間に月は変わった。

それなりに自分を整えて、不意に湧いた靄。

春霞なら一時の幻想のようなもの。
朝靄なら、ただ静かに晴れるのを待とう。

そんなふうにやり過ごしながら、それでもなんだか惑うような靄。
静かに、丁寧に。
確かじゃないものでぶれちゃいけない。
自分にとって大事なのは、自分自身が不本意にぶれないこと。

言い聞かせるような感覚。

「その花をボトリと落とすから、縁起が悪い。」
幼い私にそう言ったのが誰だったか、それは思い出せないけれど。
寒椿がやっぱり好きだ。
どうにも梅の花付きが少なく感じる今年は特に、藪椿の紅色に見とれてしまう。

潔くその身を引いて、それなのに硬くて丈夫な殻の中でその種子を実らせる椿。


同じ様でも、解釈一つで大きく変わる。


人も同じこと。


霞みも靄も、同じこと。


大丈夫。
何より、自身の心の奥、素直な部分を自分が信じる。


大丈夫。
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