Posted by ダヤン

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幸福論。

朝夕のみならず、随分秋めいて、夕空の下の空気や風に少しばかり冬さえ感じるようになりました。
もっとゆっくり、ゆったりしてるもんかと思っていた退職後、そんな予想とは正反対に慌ただしくて、なんとなく、そういうタイミングだったんだろうと自分に納得したりもして。

気づけばもう11月…そりゃ、寒くもなるわけだ…。

毎年恒例となってしまった小学校の学習発表会でのPTAによる劇参加も、そろそろ練習が始まる。
子どもたちの毎日に寄り添っていられる今の時間が、その後を経験したわけでもないのに、途方もなく幸せな時間なんだと身に沁みてしまうのはどういう訳なのか?そんなことは知らない。
けど、何かしらをやり遂げた後の記念写真に映える子どもたちの満面の笑みは、きっとこの瞬間特有のものなんだと、胸が震える。

このところ、自分の中学時代の恩師たちとやたら接点が増え、今だ「ダヤン」「ダヤン」とそろそろ定年カウント近まった先生たちに気にかけてもらえることも、私の幸せの一部なんだろうと思う。

色んなことがありすぎて、心折れてしまった直後に届いた叔母からのメールには、丸一年闘病を続けた最年長の叔父の危篤が綴られていたのは、つい二週間前の事。
翌日の土曜日、長男の部活を休ませて二人で駆けつけた時の叔父の姿はまた、私から言葉を消した。
それでも「なんの後悔もない!腹くくって、やれるだけのことやったもん!」と話す従妹に、尊敬さえ覚えたことは、私に心折れてる場合じゃないと思わせてくれた。

その日から4日後、朝一の従妹からのメールと叔母からの着信は、叔父の他界を知らせるもので。
片道二時間の葬儀には、一人で駆けつけた。
帰宅が日付変わる頃となることさえ、子どもたちは快く了承し、兄弟で分担して夜の家事を済ませてくれた。

一々、その一つひとつに私の幸いがあることを感じるともなしに感じて、客観的に今の私の状態を良いモノと思う人は少ないだろうに、当の私自身は日常の幸せを感じてる。



今年の年初、何年振りかで引いたおみくじの歌。

 海ならずたたへる 水の底までも
         清き心は 月ぞ照らさむ

今日も穏やかに笑顔でいられる不思議。
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