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If.

年が明けて、もう初めの一月が閉じようとしてる。
今日は、あの人の誕生日だって気づいたのは、出勤簿に判を押す時だった。
こんな気づきかたをしたのは、今年が初めてだった。
ふっ切って踏み出した一歩は、本物の一歩だったのかもしれないって、気づいて固まった出勤簿への視線のまま思った。
踏み出した私を待っていたのは、20年もさかのぼってしまって、ついでに当時の恋人まで現れて、それでなくてもあの頃を思い出さずにはいられない環境が揃い始めていたのに、まさかの再会から、あの頃よりずっといい距離感で当時を知るお互いらしく今の環境に自然になじみ始めてる今が不思議。
昔話をするたびに思い違いとすれ違いを感じずにはいられなくて、当時のお互いの幼さも今になってみれば歯がゆいことで。
「正に青春のいっちゃん綺麗なとこ!!」なんていう彼に、当時は不安要素でしかなかった変わらない優しさを感じる。
常に受け身で、そのくせ好き嫌いのハッキリしすぎてる私なんて、取扱困難極まりなかったはずなのに、いつも真っ直ぐに、なんの躊躇いもなく私の前後左右を行き来して、それでもブロックできない時はどうしようもない嫉妬を周囲に散乱させて……ぁあ、そこが問題だったんだ(笑)
二人でそんなことを思い出しながら話してたら、間に挟まれた後輩くんが「羨ましい…」なんて、真顔でいうからまた、二人で大笑いした。
もしもあの頃彼の言う「全部受けとめろ!!」を、適えることのできる私だったなら、彼はきっと彼自身の言うような彼になっていただろうと思う。
「お前がずっと傍にいれくれれば、お前とやったら俺はもっと頑張れた!」
本気でぶつけられたら、流石に胸も痛むでしょう。
黙り込んだ私に「承認」としておかれた後輩は「今からで丁度よくないっすか?」ともっともなことを提案。
二人して黙り込んだ果て「ダヤンさんならきっと叶えてくれますよ」なんていうから。
逆に二人で戸惑った。
特別な人だった。
同級生で付き合ったのも、後も先も彼だけで。
前にも後にも、彼ほど私を最優先してしまう人もいなかった。
なんだか、人生って皮肉なこともあるんだって、珍しく胸がキュンとした。
二人でいると「もしも…」ばかりだ。
実態のないものばかりだ。
何を望むともなく、ただ、旧友と週末に酔い潰れるようなそんな空気感の中で、今の互いの共通の先輩や後輩、友人に囲まれてとめどない昔話を開かせて今を頑張ろうって肩をたたき合うような、そんな。
客観的に視ると、なんだかすごくいいもののような気もする。
どうなんだろう?
解からないけど。
20年も途切れて思い違いをし合っていたものが、そう簡単に直結するとは思い難い。
それでも互いに変わらずにきた部分を信頼しあえたら、それはそれで無二のカタチだと思う。
今はただ二人、昔話の甘酸っぱさに酔ってるだけなんだろう。
それでも、私の踏み出した一歩は流れを作り始めていて、その流れさえもがことごとく今、彼に結びつく。
この現実の不思議さは一体何なんだろう……。
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年が明けて、もう初めの一月が閉じようとしてる。
今日は、あの人の誕生日だって気づいたのは、出勤簿に判を押す時だった。
こんな気づきかたをしたのは、今年が初めてだった。
ふっ切って踏み出した一歩は、本物の一歩だったのかもしれないって、気づいて固まった出勤簿への視線のまま思った。

踏み出した私を待っていたのは、20年もさかのぼってしまって、ついでに当時の恋人まで現れて、それでなくてもあの頃を思い出さずにはいられない環境が揃い始めていたのに、まさかの再会から、あの頃よりずっといい距離感で当時を知るお互いらしく今の環境に自然になじみ始めてる今が不思議。

昔話をするたびに思い違いとすれ違いを感じずにはいられなくて、当時のお互いの幼さも今になってみれば歯がゆいことで。
「正に青春のいっちゃん綺麗なとこ!!」なんていう彼に、当時は不安要素でしかなかった変わらない優しさを感じる。
常に受け身で、そのくせ好き嫌いのハッキリしすぎてる私なんて、取扱困難極まりなかったはずなのに、いつも真っ直ぐに、なんの躊躇いもなく私の前後左右を行き来して、それでもブロックできない時はどうしようもない嫉妬を周囲に散乱させて……ぁあ、そこが問題だったんだ(笑)
二人でそんなことを思い出しながら話してたら、間に挟まれた後輩くんが「羨ましい…」なんて、真顔でいうからまた、二人で大笑いした。

もしもあの頃彼の言う「全部受けとめろ!!」を、適えることのできる私だったなら、彼はきっと彼自身の言うような彼になっていただろうと思う。
「お前がずっと傍にいれくれれば、お前とやったら俺はもっと頑張れた!」
本気でぶつけられたら、流石に胸も痛むでしょう。
黙り込んだ私に「承認」としておかれた後輩は「今からで丁度よくないっすか?」ともっともなことを提案。
二人して黙り込んだ果て「ダヤンさんならきっと叶えてくれますよ」なんていうから。
逆に二人で戸惑った。

特別な人だった。
同級生で付き合ったのも、後も先も彼だけで。
前にも後にも、彼ほど私を最優先してしまう人もいなかった。

なんだか、人生って皮肉なこともあるんだって、珍しく胸がキュンとした。
二人でいると「もしも…」ばかりだ。
実態のないものばかりだ。
何を望むともなく、ただ、旧友と週末に酔い潰れるようなそんな空気感の中で、今の互いの共通の先輩や後輩、友人に囲まれてとめどない昔話を開かせて今を頑張ろうって肩をたたき合うような、そんな。

客観的に視ると、なんだかすごくいいもののような気もする。

どうなんだろう?
解からないけど。
20年も途切れて思い違いをし合っていたものが、そう簡単に直結するとは思い難い。
それでも互いに変わらずにきた部分を信頼しあえたら、それはそれで無二のカタチだと思う。

今はただ二人、昔話の甘酸っぱさに酔ってるだけなんだろう。
それでも、私の踏み出した一歩は流れを作り始めていて、その流れさえもがことごとく今、彼に結びつく。
この現実の不思議さは一体何なんだろう……。
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