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Posted by ダヤン   2 comments   1 trackback

憤り。

私が小学6年生の夏休み目前のことだったと、夏休みには初めて、一人で従弟たちのいる春日へ行っていいよって言われて、かなりワクワクしてたから覚えてる。

もうすぐ夏休み!そんな朝日の煌めく日曜の時間。
ばあちゃんが、いつになく血相変えて、私を叱る時とは違う口調でまくしたてながら本家にやってきた。

いつもは両親とあまり仲のいい方ではない間柄で、隠居と本家を往来するのは私くらいのものだった。
だから、ばあちゃんが本家へやってきたこと自体珍しくて。
少し離れたところから、徒ならぬ空気だけを感じてた。
間もなく、救急車が隠居へ着いて。

そこからほとんど覚えてない空白の時間。

じいちゃんが、脳梗塞で倒れた。
だから、救急車で搬送されて、入院。
けれど、リハビリを始めてもいいって言われても、たどたどしい口調で荒々しく音を出すばかりだと。

病院へ、会いに行くこともさせてはもらえなかった。

夏の終わり。
じいちゃんが隠居へ帰ってきた。
久しぶりに会うじいちゃんは、左半分が硬くなってた。
杖をついてた。
時々、苛立ってた。
いくつも、いくつも、庭先へ湯呑を投げて、いくつも、お茶がはじけ飛ぶように、湯呑の破片は飛び散った。
ばあちゃんは、悲しい顔して拾ってた。

秋になるころ、じいちゃんは一つ歳を重ねて、苛立つことが少なくなった。
それから、ばあちゃんが白血病だと診断されるまで、二人は一緒に、それまで適うことのなかった時間を重ねた。

ばあちゃんは、早すぎた。
私がそうと教えてもらってから、ほんの三月ほどだった。
じいちゃんと一緒に、やっと連れていってもらえた、ばあちゃんの病室は、個室で、狭くて、暗くて、さみしくて、とっても嫌な空気と色だった。
細く、小さく、薄くなったばあちゃんは、私のこともじいちゃんのことさえ、判ってなんていないみたいだった。
ふと横を見ると、一緒だったはずのじいちゃんがいなくなってて、ばあちゃんもばあちゃんじゃないみたいだったから、私はじいちゃんを探しに行った。
じいちゃんは、外階段の中段付近で杖にしがみついて、息を殺して泣いていた。
私は、両親を嫌いだと思った。

高校一年の期末テスト初日の昼、ばあちゃんはこの世から存在を無くした。
お別れの最後の瞬間、ばあちゃんは私の頭の中でおしゃべりした。
「ダヤン、ばあちゃんはこんなになっちゃった」

私より8つ違いの、父の妹である叔母は、ばあちゃんの最後10日ほど、眠るに眠れず、ずっと、あの嫌な空気と色の病室にいた。
ばあちゃんとのお別れの時も、必死で凛としてた。

初七日も、四十九日も、叔母であり姉であるその人は、何故か母に嫌味ばかり言われる。
私は、両親を理解できないと思った。
ばあちゃんをなくして、抜け殻のようになってしまったじいちゃんは、ボーっとしてばかりだった。
ばあちゃんの医療費のために、金銭的に無理をしてしまってた姉さんは、休む間もなく、働けるだけ働いた。
だから、ほんの少しだけ、法要の時間に遅れてしまった。

「あんたの母親の供養やろう?!なんで私にさせるん?!」
職場の制服のまま駆けつけた姉さんに、いきなりそう怒鳴った母に、私は嫌悪を露わにした。
「じいちゃんの奥さんたい!私のばあちゃんたい!!ネエのお母さんたい!!わざと遅れる訳なかやろ!!」
姉さんは驚いた面持ちで、一瞬だけ私を見て俯いた。
母も驚いた面持ちで、周りにいる親類を見渡した。






そんな時間を修復したいと、望んでくれるなら、今しかないと、思うのに。
「今じいさんに死なれたら、葬式もなんもしぃきらんばい」
まるで他人事のような父の発言に、軽蔑さえ感じる。

だけど、そんなの、じいちゃんが辛くなるだけだから。
私はただじっと、24時間中の1時間余りを、じいちゃんと共有する。
意思を具現化できる四肢が、もう右手だけの、83歳のじいちゃん。

「ダヤン、今日もありがとうねぇ」
毎晩、姉さんからメールが来る。
昼間の休憩時間のじいちゃんタイムを振り返って、「今日はこんな感じだったよ~」と返信する。



私の中の憤りが、暴発しないために。
今、自分にできることを、自分が、する。



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Comment

やしま says... "見た目の身体は不自由かも知れないけどさ"
心は自由でしょ?
今のうちに!しっかりキャッチボールして下さいな。
2012.11.11 12:35 | URL | #- [edit]
ダヤン says... "Re: やしまサン"
コメント、ありがとうございます☆彡

「その通りなんだぁ」って、読ませていただいてました。
実際に寝食ともにしている叔母にとっては、穏やかなことばかりじゃなく、消耗する部分が大きいのですけど。
どうということのない日中に、ぼんやり時間を共有するだけで穏やかでいてもらえる私は、本当に、いいポジションにあるのだろうって、現実を前に思いますね(^_^;)
2012.11.18 23:21 | URL | #- [edit]

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まとめ【憤り。】
私が小学6年生の夏休み目前のことだったと、夏休みには初めて、一人で従弟たちのいる春日へ行っていいよっ
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