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Posted by ダヤン   4 comments   0 trackback

伝えたいこと 伝わって欲しいこと

今週、毎日が会で。
昨日の夕方、宿題する三男に「今夜も会だからね」って知らせたら

「はぁ!?」
って。
小学一年がスットンキョウな声で。
その後10分くらい、モンク言われちゃいました。

長男は私の予定を書き込んでるカレンダーを、毎日歯磨きしながらチェックしてるんで、まして、学校の会となれば流れが分かってる子なので、理解してくれてるんですが。

実際そうだよね。
一週間も続けば、モンクの一つも出るよね。
モンク言わない長男でさえ、21時ごろに帰宅した私のそばで、猫みたいに丸まってコックリこっくり。

二男、三男はそばでメッセージカード制作。
「はい。」
って、出来あがったものを次々にさしだしてくれます。

その手づくりカードのどれもに
「ありがと」
の文字。

彼岸花1

昨夜の会の席で、現在五年生の女の子お母さんから、一つのお願いがなされました。

これまで通常のクラスメイトとなんら変わりなく過ごしてきた時間の中に、一つの個性が発見されたという報告。
そして、その個性を五・六年生の子どもたちはもとより、その保護者にも、受け入れ、支えて頂けたら…といった内容のもので。
事前にその告白をして頂いてた私でしたが、マンツーマンで話すのとは、重みが違いますよね。
何より、そのことを他人へ打ち明けるということ、親として受け入れなければならないという現実。
どれほどの戦いがあっただろうって、胸がいっぱいになります。

その上で、そのお母さんのなされた決断は、昨夜のお願いという行為も、一重に「娘を生きやすくしてあげたい」という想いからだと、強く、つよく感じました。
とても、とっても温かくて強い愛情を目の当たりにしました。

子どもに先天的な個性が見つかった時、その命を生み出した母親はどんなにか自分を責めるだろう。
社会と関わりながら育つ子どもを護りたくても、日々の葛藤は実際の経験者それぞれにまた違う重みを持つだろうし。
上手くいかないことの方が多くて。


どんなにか自分のせいだと責めたところで、当事者の子どもと入れ替わってあげることも叶わない。

そのお母さんが、現実を受け入れて、娘さんの道を明るくしようと選べたことは、即席なことじゃなくて、日頃からの想いの表われですよね。
とっても、とっても、強くてキラキラしてて、胸の真ん中辺が震えだすくらいに温かなものを分けていただきました。


                                     つづく(笑)
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Comment

KAB0830 says... ""
ダヤンさんが受けた事とは違うかもしれませんが
自分も不登校の子たちが集う場所に行っていました

接してみてすぐにわかるなら良いのですが
どこがどう違うのか分からない子も多く
病院で薬をもらっていたりしてたみたいです
(病院行く意味あるの?って感じの子も多いです)
そういう子たちには普通に接して
逆に本人が言う意外の情報は
聞かないようにしてました

普通に暮らしている人の中でも
おかしい人はいっぱいいるし
キチンと説明しているのに
よく分っていないのに色々言う人もいるし

自分の弟も小さい頃特殊なクラスにいたりしました
勉強が得意不得意の差が激しく
いろんないじめなどを受けて
今でも友人経由で
近所でも変わっていると評判にもなっているらしいです
亡くなった母親が生きている時には
そんな事言われた事なかったのですが

気軽に分かると言ってはいけない事ですし
他人がしてやれることも限られていますし
何とも難しい問題と思います

同じ母親としての立場で
分かる事が多いダヤンさんと思いますが
うーん、上手くまとめられないです 上手く言えません
2011.10.08 23:22 | URL | #- [edit]
soladayo says... "こんばんは☆"
我が子の事では 母は強くなるのでしょう!
素晴しいお母さんですね。

それに比べ 私はダメです。
自分の守りに入ってしまう。
子供を まともにどこかに連れて行ってあげることも、今まで、
今でも できないでいる。。。
ホント情けないです(泣)
2011.10.09 01:32 | URL | #- [edit]
ダヤン says... "Re: kabさん"
真摯なコメント、いつもありがとうございます。

デリケートな課題なんですよね。
特別なことだと見ることが、そもそもの過ちを生み出してるのかもしれないな…とかも、考えちゃいます。
ただ。
私自身も、なかなか整理しつくせないのですが、いじめの対象になるということそのものは、どうでしょう?
周囲の大人の在り方一つで、好転していけるんじゃないかって、考えてしまいます。

偏見を受けるのは仕方ないっていう意見も、近場で出ました。
確かに、それはそうなのかもしれません。
五体満足を当たり前としてる場合、五体不満足は当たり前のことじゃないのかもしれませんから。

けれど、能力や外見に不満足を持っていたとして、それが果たして、どう不満足なのかって、明確に言ってみてよなんてこと投げかけたら、大抵の人は日常に不便としか言えないだけじゃないかなっとも、思うんです。

なのに、腫れものに触るような扱いをしてしまう。
それはそれで、悪いこととも思わない。
自分と違うから、知ってるものと違うから、憐れんだりもするのだろうし、どう対応すればいいのか戸惑いもするだろうし。

私個人でいうなら、何もしてはあげれません。
何をしてあげれば助けになるのかも、判りません。
けれど、見守ること、受け入れることは、私個人の範囲で可能な量もある気がします。

偏見の盾くらいになら、喜んでなりましょう。
程度なんですけどね。
難しいですよね。
2011.10.10 13:39 | URL | #- [edit]
ダヤン says... "Re: solaさん"
コメ、ありがとう。
ってww
情けなくないんじゃないですか?
こないだだって、ニットカーデをなんとか探してあげたいって。

親子って、育て合いじゃないかなぁって、思うんです。
特別なことが、親にでも、子にでもあれば、ギュッと寄り添うでしょう?
望みをフルに叶えなくても、出来事一つで編み出される想いが織り合ったとき、絆がまた一つ、輝くんじゃないかなって、私は思います。

じゃなきゃ、私なんて、それこそ、ダメ親ですからwww
2011.10.10 13:44 | URL | #- [edit]

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