Posted by ダヤン

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守ってあげたい。

平常月より短い、それでも例年より一日多い二月が明日で閉じる。
濃縮されたような二月だった。
二月逃げ月……あっという間に過ぎるのに、あっという間とは思えないくらい濃縮された一ヶ月。
どうということもないのに、いつの間にか、彼の私を呼ぶ声が耳に、心に沁み付いた。
昔の夢を見てさえも「ダヤン!」って、当時のままの「ダヤンちゃん」ではなくて。

それは今の私の相棒のような友人とも被る。

挙句に彼女と彼は言うこと成すことまで、随時似てる。

再会のキッカケになったのも、彼女の引っ越しで。
彼と地元が同じ彼女は、私たちの昔のことなんて知りもしなかったし、相当に驚いていたけど。
それでも二言目には「あいつだけは寄り戻してもお前が泣くだけ!」ばかりだった。
そういうことではなくて。
私は、ただ遡って向き合ってみたかったんだと思う。
彼はそれを同情だと言い捨てたけど。
そういうことでもなくて。

ただ、過去の果たされなかった約束の空虚を、私自身のためにも埋めたかった。
結局、お互いのそんな作業はお互いに「理解しあえる相手」という認識を持たせて、自然と、「必要な存在」になりはじめてしまって。
20年前「少し時間を置こう」と切り出した私の横で、涙目で笑った彼の表情そのままに「ダヤン、一緒に頑張ろう。」と切り出した彼に、嘘も惨めも滲んでなんかなかった。

それでも、私たちの関係性はオカンと息子のようでもあり、相棒のようでもあり、姉弟のようでもあり……。
決して、私を自分より下におかない扱いはやっぱり、彼の言うところの「変わった」を否定する要因でもあって。
私にはそれさえも懐かしいほどに愛おしく感じさせる。
何もかもを手放して、かろうじて利用目的で残したものは心に苦しみを与え続けて「自業自得」とぼやかせる。
汚しながら傷つき続ける彼を、そんなことを償いかのように錯覚して自棄になってる彼を、私は上からなんかじゃなく、昔彼が私にしてくれたように、前後左右から、包み込むイメージで、彼の奥の方で汲々としてる彼自身を守りたいと思う。
唯一、それだけは仲間内見渡しても、私にしかできない気がしてる。

「こんな俺で申し訳ない」と、くだらないことを言われる度、「じゃあどうする?」と苛めて遊ぶ私もいるけど。
「どんなカタチでも、もうすれ違うようなことはないし、離れることもないよ。」と言い切った彼が歩いていけるように、私があの人にそうしてもらったように、私自身の生き様で守ってあげたい。

素直に、無理なく、今、私はそう思う。
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ワカラナイ。

謎解きは好きな方。
困難な謎にはくじけるよりも、ムキになる。

けれど、今はそんな謎解きなんてことじゃないのでしょう?

約束通り戻れなかった訳を、20年もたって紐解いていくと、傷つくこともあるわけで。
結局、その程度にしか信じられてなかったんだって、そう思い続けて自分を偽り続けてるこの人はなんなんだろう?とか。
20年もの間、そう思われ続けた私って、なんだったんだろう…とか。

そもそも、そんなにまで偽りの私を植え付けたかった彼女の嫉妬は悪意でしかなくて。

まぁ、あれだ。
まんまと、長きにわたって友人だったはずの彼女の嫉妬に狂わせられてたことさえ、甘くみていた私のぬるさ。
壊れそうな自分をもう誰にも触れさせないように、偽りの殻を大きく被り続ける彼の道化師っぷりの痛さ。

ドラマだったか、小説だったかのセリフのひとつ「嫉妬っていうのは、そもそも努力しない奴が抱く感情なんだよ。」って。
私にはそれが戒めにも、慰めにもとれたんだけど。
実際、そうなのかもしれない。
嫌になる。
哀しくなる。
一人の女性の嫉妬心が、二人分の人生を左右してたなんて。
それでって、もう、なんにも元通りになんかなりゃしないのに。
なんで答え合わせみたいなこと、しちゃったんだろうって、急に哀しくなる。

「なんだそりゃ」の連続。

それで今も、心のどこかで私を疑い続けるなんて、どんだけ根深いんだろうって、それで私になにができるだろうって、もう、なんにも出来ないよって、いっそひっぱたいてやろうかとさえ思った。

ともかく。

今はお互い、踏ん張りどきなんだ。
戻ることは叶わないし、そもそも、君が私を信じてくれてなかったのも、事実なんだから。
それはそれでいいじゃない。
とかも、思う。
そんなことよりも、今の君と私と。
全く逆の職種を選んでしまったことにも、何かしらの皮肉めいたいたずらを覚えるけど。
同じなのは、今が大切な時期だってこと。
そういう意味では、お互い先輩だよw

混乱してしまう思考を預けて、日常の今の現実に挑んで、それで、これから、いい仲間でいれたらいいね。
僕はもう、なんというか。
君を見てると、胸が痛むようになってきたよ…そこまでのデマを信じちゃったんだねって。
そんな弱虫だったんだねって、血の気の引く想いだったよ。

自信持って!は、僕から君へ贈る言葉だよ。

ぁああああああ、いっそ男に生まれたかった(笑)
こんな時さえ、笑い飛ばしてる私も、聞かされ続けた嫉妬の妄想を恨みつらみのように語る君も、案外似た者同士なのかもしれないね。
ワカラナイけど。
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If.

年が明けて、もう初めの一月が閉じようとしてる。
今日は、あの人の誕生日だって気づいたのは、出勤簿に判を押す時だった。
こんな気づきかたをしたのは、今年が初めてだった。
ふっ切って踏み出した一歩は、本物の一歩だったのかもしれないって、気づいて固まった出勤簿への視線のまま思った。
踏み出した私を待っていたのは、20年もさかのぼってしまって、ついでに当時の恋人まで現れて、それでなくてもあの頃を思い出さずにはいられない環境が揃い始めていたのに、まさかの再会から、あの頃よりずっといい距離感で当時を知るお互いらしく今の環境に自然になじみ始めてる今が不思議。
昔話をするたびに思い違いとすれ違いを感じずにはいられなくて、当時のお互いの幼さも今になってみれば歯がゆいことで。
「正に青春のいっちゃん綺麗なとこ!!」なんていう彼に、当時は不安要素でしかなかった変わらない優しさを感じる。
常に受け身で、そのくせ好き嫌いのハッキリしすぎてる私なんて、取扱困難極まりなかったはずなのに、いつも真っ直ぐに、なんの躊躇いもなく私の前後左右を行き来して、それでもブロックできない時はどうしようもない嫉妬を周囲に散乱させて……ぁあ、そこが問題だったんだ(笑)
二人でそんなことを思い出しながら話してたら、間に挟まれた後輩くんが「羨ましい…」なんて、真顔でいうからまた、二人で大笑いした。
もしもあの頃彼の言う「全部受けとめろ!!」を、適えることのできる私だったなら、彼はきっと彼自身の言うような彼になっていただろうと思う。
「お前がずっと傍にいれくれれば、お前とやったら俺はもっと頑張れた!」
本気でぶつけられたら、流石に胸も痛むでしょう。
黙り込んだ私に「承認」としておかれた後輩は「今からで丁度よくないっすか?」ともっともなことを提案。
二人して黙り込んだ果て「ダヤンさんならきっと叶えてくれますよ」なんていうから。
逆に二人で戸惑った。
特別な人だった。
同級生で付き合ったのも、後も先も彼だけで。
前にも後にも、彼ほど私を最優先してしまう人もいなかった。
なんだか、人生って皮肉なこともあるんだって、珍しく胸がキュンとした。
二人でいると「もしも…」ばかりだ。
実態のないものばかりだ。
何を望むともなく、ただ、旧友と週末に酔い潰れるようなそんな空気感の中で、今の互いの共通の先輩や後輩、友人に囲まれてとめどない昔話を開かせて今を頑張ろうって肩をたたき合うような、そんな。
客観的に視ると、なんだかすごくいいもののような気もする。
どうなんだろう?
解からないけど。
20年も途切れて思い違いをし合っていたものが、そう簡単に直結するとは思い難い。
それでも互いに変わらずにきた部分を信頼しあえたら、それはそれで無二のカタチだと思う。
今はただ二人、昔話の甘酸っぱさに酔ってるだけなんだろう。
それでも、私の踏み出した一歩は流れを作り始めていて、その流れさえもがことごとく今、彼に結びつく。
この現実の不思議さは一体何なんだろう……。
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If.

年が明けて、もう初めの一月が閉じようとしてる。
今日は、あの人の誕生日だって気づいたのは、出勤簿に判を押す時だった。
こんな気づきかたをしたのは、今年が初めてだった。
ふっ切って踏み出した一歩は、本物の一歩だったのかもしれないって、気づいて固まった出勤簿への視線のまま思った。

踏み出した私を待っていたのは、20年もさかのぼってしまって、ついでに当時の恋人まで現れて、それでなくてもあの頃を思い出さずにはいられない環境が揃い始めていたのに、まさかの再会から、あの頃よりずっといい距離感で当時を知るお互いらしく今の環境に自然になじみ始めてる今が不思議。

昔話をするたびに思い違いとすれ違いを感じずにはいられなくて、当時のお互いの幼さも今になってみれば歯がゆいことで。
「正に青春のいっちゃん綺麗なとこ!!」なんていう彼に、当時は不安要素でしかなかった変わらない優しさを感じる。
常に受け身で、そのくせ好き嫌いのハッキリしすぎてる私なんて、取扱困難極まりなかったはずなのに、いつも真っ直ぐに、なんの躊躇いもなく私の前後左右を行き来して、それでもブロックできない時はどうしようもない嫉妬を周囲に散乱させて……ぁあ、そこが問題だったんだ(笑)
二人でそんなことを思い出しながら話してたら、間に挟まれた後輩くんが「羨ましい…」なんて、真顔でいうからまた、二人で大笑いした。

もしもあの頃彼の言う「全部受けとめろ!!」を、適えることのできる私だったなら、彼はきっと彼自身の言うような彼になっていただろうと思う。
「お前がずっと傍にいれくれれば、お前とやったら俺はもっと頑張れた!」
本気でぶつけられたら、流石に胸も痛むでしょう。
黙り込んだ私に「承認」としておかれた後輩は「今からで丁度よくないっすか?」ともっともなことを提案。
二人して黙り込んだ果て「ダヤンさんならきっと叶えてくれますよ」なんていうから。
逆に二人で戸惑った。

特別な人だった。
同級生で付き合ったのも、後も先も彼だけで。
前にも後にも、彼ほど私を最優先してしまう人もいなかった。

なんだか、人生って皮肉なこともあるんだって、珍しく胸がキュンとした。
二人でいると「もしも…」ばかりだ。
実態のないものばかりだ。
何を望むともなく、ただ、旧友と週末に酔い潰れるようなそんな空気感の中で、今の互いの共通の先輩や後輩、友人に囲まれてとめどない昔話を開かせて今を頑張ろうって肩をたたき合うような、そんな。

客観的に視ると、なんだかすごくいいもののような気もする。

どうなんだろう?
解からないけど。
20年も途切れて思い違いをし合っていたものが、そう簡単に直結するとは思い難い。
それでも互いに変わらずにきた部分を信頼しあえたら、それはそれで無二のカタチだと思う。

今はただ二人、昔話の甘酸っぱさに酔ってるだけなんだろう。
それでも、私の踏み出した一歩は流れを作り始めていて、その流れさえもがことごとく今、彼に結びつく。
この現実の不思議さは一体何なんだろう……。
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折返し。

2015年も残すところ1日。
この12月、20年振りの再会続きだった。
クリスマス前くらいから急展開、なかなか縁のなかった職種に思いもよらないところから紹介をいただいて、0からのつもりで一歩踏み出したのをきっかけにバタバタとあらゆることの折り返し。

取り戻せるなんて、虫のいい話、ある訳ないって解かってて。
それでも妥協しかけてた面を「そうじゃない」って、断ち切るには絶妙なタイミングだったと今思う。
10年ひと昔とするなら、もうふた昔も前の事。
それでも、二人で話せば昨日のことのように次々に思い出されて、その当時埋まらなかったピースさえ埋まってく。

「どうして捨てた?」の言葉はこの20年、本当に彼が理解納得出来ずにきたことで、そう問われることも、20年前の友人たちのその後の話から想定できてた。
ちゃんと話しあって、それで二人で決めたことだったけど、微塵も、嫌悪するとこなく別れたのは事実で。
再スタートなんてこと、ないけど。
お互いに、これで何だかホントに、踏み出せるねって、笑ったのは、もしかして、また、理屈っぽい私に歩み寄ってくれた彼の優しさだっただろうか…なんて、少しだけ思う。

年末休みに入って、昔馴染みの先輩が帰省した。
「ただいま」のLINEはあまりに唐突で、「ホントにそこに帰ってきた?」と問うのは自然といえば自然でしょう?
帰省してくれたら、徒歩5分のご近所さん。
せっかく帰ってきたのに、この休みは私や子どもらに付き合ってくれるらしい。

「初詣とかもう何年もしてないけん、一緒におみくじでも引くかねぇ~。」
子どもらに話せば「二人で行けば?」

そこ、気を遣うとこではないですが?

終わりよければ…そんな年だったような気がしてる。
この1年、どうしてこんなにも強行したんだろう?とも、思う。
思うけど、勿論、この先に対しての何の安心材料もないけど、それでも、昔のことも含めて「もっと自信持っていい!」って、どの世代の友人たちにも言ってもらえる私は、幸せ者なんだと、やっぱり思う。
だからこそ、あの人との出会いをキッカケに自分を取り戻し始めた私は、私の納得できる私で在り続けたいと思う。


強いて言えば、恋愛事だけはどうにも不向きで不得意で、センサーが作動しない。
その部分の幸せは、もしかしたら、無縁なのかもしれない…。
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